当科での胃がん治療の特色
胃がんの治療は現在、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬といった新しい薬剤の登場や、複数の薬剤を組み合わせる治療法の開発により進歩を遂げ、選択肢も多岐にわたるようになってきています。当科では御紹介元の病院、クリニックでのデータや、当院消化器内科で受けていただいた検査結果を充分に把握、確認し、日本胃癌学会が発表している治療ガイドラインに沿いつつも、各個人に適した最先端の手術、治療法を決定し、提案させていただきます。当科の小寺泰弘教授は、胃がん治療の分野で世界に知られる専門医のひとりです。また、当科で胃がん治療に携わっている医師は、長く胃がん治療に専従した医師や国内有数の症例数を誇る病院で研修した医師のみから成り、安定かつ質の高い医療を提供しています。
治療が進歩した現在においても、胃がんの根治を目指す上で主体となる治療は手術治療です。胃がんに対する手術治療は、がんを切除するのみならず、転移の可能性があるリンパ節を残さず系統的に切除します。現在当科では、より精密で体に優しい手術を目指し、積極的に低侵襲手術(腹腔鏡手術やロボット支援手術)を実施しております。当科では腹腔鏡下胃切除術が保険適応となる以前より臨床試験を行い、低侵襲手術手技の開発とその教育に取り組んできました。早期の胃がんだけでなく、進行胃がんに対しても低侵襲手術を導入し、術後の痛みの軽減や合併症率の低下による早期退院、早期の社会復帰、術後早期の化学療法導入を実現しています。近年増加傾向である、食道と胃のつなぎめに発生したがん(食道胃接合部がん)に対しても安全性を重視した上で、低侵襲手術を行なっています。
また、当科では手術のみでは根治する可能性の低い大きな腫瘍や多発のリンパ節転移を認める高度に進行した胃がんや、診断された時点では切除不能な胃がんに対して化学療法や手術を組み合わせた集学的治療を高いレベルで行い、安全で良好な治療成績を残しています。術前に化学療法を行ったのちに行う手術や、切除不能進行胃がんが化学療法により切除可能となった際に行う手術(コンバージョン手術)に対しても低侵襲手術を取り入れています。
胃とは
食食道を通ってきた食べ物は胃に入ります。胃は上腹部にあり、胃の入り口を噴門、出口を幽門、中心部を体部と呼びます。胃はその3分の2のところでカーブしておりここを胃角部といいます。胃の主な機能は、食べ物を貯留することと、消化液である胃液と食べ物を混ぜて消化しやすい状態となった後、少量ずつ十二指腸へ送ることです。
胃の壁は5層に分けられます。内側より順番に
- 直接食べ物と接する粘膜
- その下の組織である粘膜下層
- 固有筋層
- 漿膜下層
- 一番外側の
薄い膜である漿膜
となります。
胃がんとは
胃がんは胃の一番内側の粘膜から発生します。はじめは細胞レベルの大きさのものが、年単位の時間を経て5mm程度の大きさになると発見可能となります。その後がん細胞は増殖し、広がっていきますが、その形式は大きく分けて3通りあります。
胃の壁を深く広がる
胃の粘膜から発生したがんは、進行すると、胃の壁の外側に向かって進んでいきます。がんが胃の一番外側の漿膜を超えると、腹腔内(おなかの中)全体にがん細胞が散らばるようになります(これを腹膜播種といいます)。また、胃と接している膵臓や大腸、肝臓などに直接食い込むこともあります。
リンパの流れに乗ってリンパ節に広がる
リンパ節とは、あらゆる臓器の周囲に密集して存在し、リンパ管でつながっています。がん細胞はリンパ管に入ると、リンパ液の流れに乗ってリンパ節に進入し増殖することがあります(リンパ節転移)。原則として、胃がんの近くのリンパ節に最初に転移し、次第に遠くのリンパ節に広がっていきます。
血液の流れに乗って他の臓器に広がる
胃の壁にある血管の中に入り込んだがん細胞が肝臓や肺などに流れていき増殖することがあります(肝転移、肺転移)。
胃がんの発見・進行度診断のための検査
上部内視鏡検査(胃カメラ)
内視鏡(細く、ライトの付いたチューブ)を口または鼻から胃まで挿入して胃の内部を観察します。胃がんの確定診断を行うために重要な検査です。胃の病変を直接観察するとともに、病変の組織を採取し、顕微鏡にてがん細胞の有無や、その種類を調べます。また、凹凸のみならず、色調を含め、粘膜を直接観察するので、小さい病変を見つけることも可能です。
超音波内視鏡
先端に小型の超音波断層装置の付いた内視鏡を挿入して胃の病変部を検査します。この検査では、がんの胃壁内の深さや、水平方向への広がりを調べます。
腹部CT検査
X線による腹部の断層撮影を行います。この検査では、身体を数mm間隔で輪切りにした像を見ることができるため、他の臓器への転移や、リンパ節への転移の検索に有用です。また、がんが周囲に接する臓器に食い込んでいるかどうかを調べる場合も有用です。
胃がんの進行度
胃がんの治療方針を決める時に、日本胃癌学会の「胃がん取扱い規約」に基づいて深達度(がんの深さ)、リンパ節転移、他の臓器への転移の有無を組み合わせて、進行度分類(臨床分類)を行います。臨床分類は手術前の各検査で得られた所見により診断し、病理分類は手術により切除した病巣の顕微鏡所見により診断します。
臨床分類
胃がんの深達度(深さ):T
深達度 | 特徴 |
---|---|
T1 | がんが胃の粘膜または粘膜下層に とどまるもの |
T2 | がんが粘膜下組織を超えているが固有筋層にとどまるもの |
T3 | がんが漿膜下層にとどまるもの |
T4a | がんが漿膜を破って腹腔内に 露出しているもの |
T4b | がんが直接、他の臓器に 食い込んでいるもの |
- ※早期胃がんとは深達度がT1までの胃がんを、進行胃がんとは深達度がT2からT4までの胃がんを指します。
リンパ節転移の有無:N
深達度 | 特徴 |
---|---|
N0 | リンパ節転移がない |
N+ | リンパ節転移がある |
遠隔転移の有無:M
深達度 | 特徴 |
---|---|
M0 | 遠隔転移がない |
M1 | 遠隔転移がある |
胃がんの臨床分類
遠隔転移なし (M0) |
遠隔転移あり (M1) |
||
---|---|---|---|
領域リンパ節転移 なし(N0) |
領域リンパ節転移 なし(N+) |
領域リンパ節転移 有無に関わらず |
|
T1a/T1b、T2 | I | IIA | IVB |
T3、T4a | IIB | III | |
T4b | IVA |
病理分類
胃がんの深達度(深さ):T
深達度 | 特徴 |
---|---|
T1 | がんが胃の粘膜または粘膜下層に とどまるもの |
T2 | がんが粘膜下組織を超えているが固有筋層にとどまるもの |
T3 | がんが漿膜下層にとどまるもの |
T4a | がんが漿膜を破って腹腔内に 露出しているもの |
T4b | がんが直接、他の臓器に 食い込んでいるもの |
リンパ節転移の個数:N
深達度 | 特徴 |
---|---|
N0 | リンパ節転移がない |
N1 | リンパ節に1-2個の転移を認める |
N2 | リンパ節に3-6個の転移を認める |
N3a | リンパ節に7-15個の転移を認める |
N3b | リンパ節に16個以上の転移を認める |
遠隔転移の有無:M
深達度 | 特徴 |
---|---|
M0 | 遠隔転移がない |
M1 | 遠隔転移がある |
胃がんの病理分類
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遠隔転移 | なし (M0) |
あり (M1) |
||||
---|---|---|---|---|---|---|
領域リンパ節 転移の個数 深達度 |
なし (N0) |
1〜2個 (N1) |
3〜6個 (N2) |
7〜15個 (N3a) |
16個以上 (N3b) |
有無に 関わらず |
T1a、T1b | IA | IB | IIA | IIB | IIIB | IV |
T2 | IB | IIA | IIB | IIIA | IIIB | |
T3 | IIA | IIB | IIIA | IIIB | IIIC | |
T4a | IIB | IIIA | IIIA | IIIB | IIIC | |
T4b | IIIA | IIIB | IIIB | IIIC | IIIC |
がん情報サービス(https://ganjoho.jp/public/cancer/stomach/treatment.html)より
進行度ごとの治療成績
2011年全国胃癌登録の結果よりステージごとの5年生存率は以下のとおりです。(胃癌取扱規約14版に準じての成績であり、分類方法が変更となった現在使用されている15版の場合、ステージIIIの生存率は若干異なる可能性があります。
胃がんの治療
外科療法(手術)
手術は、がん細胞をすべて取り除くことによって治癒を目指す治療法であり、胃がんに対して最も有効で標準的な治療法です。がんを確実に取り切るように切除範囲を決定した胃の切除と同時に、決まった範囲のリンパ節を取り除きます(リンパ節郭清)。その後、食べ物の通り道を作るようにつなぎ直します(再建)。
手術方法
胃全摘術
胃上部の進行がんや胃上部の早期がんで幽門惻の胃を半分以上残すことができない場合に選択される手術方法です。胃を全て切除します。再建はRoux-en-Y(ルーワイ)再建を行います。小腸を途中で切って食道の断端まで持ち上げ、小腸と食道をホチキスのような機械で繋ぎます。持ち上げた小腸の肛門側と、途中で切った小腸ともう一度吻合します。
幽門側胃切除
胃の幽門側にあるがんの場合に選択される手術方法です。胃の幽門側1/2〜2/3を切除します。再建は残った胃と十二指腸をつなぐBillroth(ビルロート)I法や、胃全摘の場合と同様に、途中で切った小腸を胃とつなぎ肛門側でもう一度小腸同士を吻合するRoux-en-Y(ルーワイ)再建などが行われます。
噴門側胃切除
胃上部の早期がんや食道胃接合部がんで胃の幽門側半分以上を残すことができる場合に選択される手術方法です。噴門を含めて胃の上部1/3〜1/2を切除します。再建は、小腸を途中で切って食道の断端とつなぎ、持ち上げた小腸の途中で残った胃をつなぎ、さらに肛門側で十二指腸側の小腸と持ち上げた小腸をつなぐダブルトラクト再建と、食道と残った胃を直接つなぐ食道残胃吻合(mSOFY法、観音開き法(上川法))などがあります。
手術アプローチ
開腹手術
お腹の真ん中を縦に20cmほど切開して行う、従来から行われている手術方法です。古くから行われているため、治療成績が安定しています。一方、腹腔鏡下手術やロボット支援下手術と比べて傷が大きく、痛みやそれに伴う動作制限も比較的長期間残ります。
腹腔鏡下手術
1990年代はじめにわが国で初めて行われた手術方法です。腹部に5mm~12mmの穴を数か所開けて、専用のカメラや手術器具を挿入し、モニター画面で腹腔内を観察しながら、器具を操作して胃の切除を行います。最終的に4-5cmの切開を加えてここから切除した胃を取り出します。
腹腔鏡下手術のメリットは、開腹手術と比べて出血量が少ない、傷が小さく手術後の疼痛が少ない、術後呼吸機能の低下が少ない、回復が早く早期退院が可能であることです。また、中長期的には腸閉塞の発症が少ないことが指摘されています。一方で、器具の操作角度や視野が制限されることから、開腹手術と比べて術者の技量が必要です。
ロボット支援下手術
通常5カ所に穴をあけカメラを体内に挿入し、手術支援ロボットを用いて手術を行います。 操作ボックスで執刀医が操作をすると、離れた場所にあるロボットのアームが連動して手術を行います。腹腔鏡下手術と比べて自然な奥行き感が得られ,立体的で正確な画像を見ながら手術することが可能です。さらに,手ぶれ防止機能(手の震えなどが伝わらない)と術者の思った通り自由に曲がる多関節鉗子で,お腹の中の複雑で細やかな手術手技が実現できます。一方、ロボットに触覚を検知する機能がないことから,どのくらいの力で押したり引っ張ったりしているのかが把握しにくいため、思わぬ臓器損傷を起こすことがありえます。そのため、細心の注意を払って手術を行います。
化学療法(抗がん剤、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤)
化学療法は抗がん剤を用いてがん細胞をおさえる治療です。内服薬または点滴などで行う方法により、薬剤が血液の流れに乗って全身に到達し、がん細胞に影響します。薬剤の種類や組み合わせはがんの病期によって異なります。胃がんの化学療法は近年、新しい薬剤の登場や大規模な臨床試験の遂行により進歩を遂げている分野です。
術前化学療法
化学療法を行ってから手術を行います。通常、手術で目に見える範囲については取りきることができると判断しても、これまでの経験上、目に見えないレベルで取り残しが生じ、結局は完治が難しいと思われるような、高度進行の胃がんが対象となります。たとえば、CT検査で、胃の周りのリンパ節が著しく腫れている場合、がんが隣接する臓器にあきらかに食い込んでいる場合などです。
術後補助化学療法
手術でがんを切除できたと思っても、時に目に見えない細胞のレベルでがんが残っていることは否定できず、これが育って大きくなるのが再発です。術後に抗がん剤治療を併用し、この可能性を低くしようという考えで行うのが術後補助化学療法です。
手術を行った場合には、病理組織学的検査で正確な病期を判定します。ステージⅡ、Ⅲであった場合には、術後補助化学療法が提案されます。手術後の体調など、いろいろな要素を加味して、受けるかどうかを決めましょう。
切除不能、進行再発胃がんに対する化学療法
手術で取りきれなかった場合、遠い臓器にも転移があり手術が適応とならなかった場合、術後にがんの再発が診断され手術ではとりきることが難しいと判断された場合には化学療法が治療の柱となります。現代医学においても取りきれなかったがんや再発したがんは完全に治癒することは難しいですが、化学療法により進行を遅らせて予後をのばす効果は認められています。薬剤をがんの進行状況や患者さんの状態に応じて単独で使用したり、複数を組み合わせて治療を行います。治療により腫瘍の縮小や転移が消失し、手術が可能となった場合、残った腫瘍を切除する手術(コンバージョン手術)を行う場合もあります。当院では、安全性を最優先に考えた上で、コンバージョン手術に対しても低侵襲手術(腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術)を導入しています。
抗がん剤治療の効果や副作用には個人差が大きく、また、体の調子が良くない場合やがんの進行がひどいときには行えない場合もあります。個々の患者さんの状態に応じて、治療効果と副作用をよくみながら治療を行っていきます。
放射線療法
放射線療法は放射線を用いてがん細胞を殺すがん治療のことです。胃がんに対する効果は手術ほど確実ではないため通常は行われません。現在では、再発した胃がんの痛みを和らげたりする目的で行われます。
臨床研究、治験
当科では、胃癌治療ガイドラインを基本とした治療を行い、その中で、十分な安全性とさらなる治療成績の向上を目指した治療方法の開発を目標として、臨床研究を組み入れて日常診療を行っています。全国の代表的な施設が参加して行っている臨床試験や治験に参加しています。
胃がんの手術症例数
過去の胃がんの手術症例数です。
年 | 総手術症例数 |
---|---|
2022年 | 81 |
2021年 | 75 |
2020年 | 78 |
年 | 総手術症例数 |
---|---|
2019年 | 85 |
2018年 | 97 |
胃食道接合部がんについて
食道胃接合部がんとは
食道と胃のつなぎ目を食道胃接合部と呼び、ここにできるがんのことを食道胃接合部がんといいます。具体的には、食道胃接合部の上下2cmの範囲にがんの中心部があるものを食道胃接合部がんと定義しています。従来は、食道がんもしくは胃がんとして分類されていた病気ですが、欧米では以前から比較的多く、わが国でも最近増加傾向です。
食道胃接合部がんは、がんが食道へどれほど広がっているかによりリンパ節への転移の広がり方が異なるため、患者さんの病気の状態に応じて最適の治療方針を提供します。
治療について
手術
手術では、食道と胃、およびその周りのリンパ節を切除します。食道への腫瘍の広がり具合(浸潤長)により、術式が異なります。食道浸潤長が2cm以下であれば胃の上半分とその周りのリンパ節切除、食道浸潤長が2~4cmであれば、胃の上半分と下部食道、その周囲のリンパ節の切除、食道浸潤が4cm以上の場合、もしくは胸の中のリンパ節に転移が疑われる場合は食道がんに準じた手術を行います。当科では、食道グループと胃グループが共同で食道胃接合部がんの治療方針の決定にあたります。個々の患者さんの病気の状態に応じて、術式を検討し、必要であれば共同で手術を行い、過不足のない外科治療を行うことを目指しています。特に食道浸潤長が2cm以下の食道胃接合部癌に対しては、安全性を最優先に考えた上で、低侵襲手術を導入しています。
化学療法(抗がん剤治療)
食道胃接合部がんに特化した抗がん剤治療というものはありません。がんの組織型(顕微鏡で見たがん細胞の形から判断して食道と胃のどちらの細胞からがん発生しているか)に応じて、食道がんもしくは胃がんと同様の抗がん剤治療が選択されます。それぞれの詳細については食道がんまたは胃がんの項目をご覧下さい。